1. はじめに:相続人が「日本にいない」ことで何が変わるのか
アメリカ赴任中に日本の親や配偶者が亡くなった場合、通常の相続手続きに加えて「非居住者ならではの論点」が複数重なります。渉外相続と呼ばれる分野になります。
| 非居住者の相続で特有の論点 ① 納税管理人の選任が必須(非居住者は自分で税務署に申告できない) ② 印鑑証明の代わりに「サイン証明(署名証明)」が必要 ③ 住民票の代わりに「在留証明」が必要 ④ 上場株式の相続:証券口座の開設が非居住者には困難 ⑤ アメリカ側でも手続き・申告が必要になる場合がある ⑥ 被相続人が出国税(国外転出時課税)の猶予を受けていた場合、特別な処理が必要 |
本記事ではこれらの論点を順番に解説します。
2. まず確認:相続税の課税範囲(アメリカ在住でも全世界財産が対象になる)
「アメリカに住んでいるから日本の相続税は関係ない」と思っている方がいますが、これは誤りです。
相続税の課税範囲は、被相続人(亡くなった方)と相続人(財産を受け取る方)の状況の組み合わせによって決まります。最も一般的なケース——日本に住んでいた日本人が亡くなり、アメリカに赴任中の日本人子息が相続する場合——では、相続人は「非居住無制限納税義務者」に該当し、日本国内外のすべての財産が課税対象になります。
| よくあるケース: 日本在住の被相続人(日本人)×アメリカ赴任中の相続人(日本人) → 相続人は「非居住無制限納税義務者」 → 課税対象:国内財産+国外財産(全世界財産) → 申告・納税が必要(基礎控除:3,000万円+600万円×法定相続人の数) |
「海外赴任中は一時的な不在」とみなされ、多くのケースで日本国籍・日本住所の相続人として課税されます。在留資格(ビザ)の種類・居住期間によって課税範囲の判定が変わる場合もあります(外国人の場合は特に要確認)。
3. 最重要:納税管理人の選任
非居住者が日本の相続税申告をする場合、日本国内に「納税管理人」を置く必要があります。納税管理人は相続人の代わりに申告書の提出・税務署からの書類の受取・税金の納付などを行います。
■ 納税管理人になれる人
- 日本国内に住所がある親族(在日の兄弟・叔父叔母など)
- 日本国内に住所がある友人・知人
- 税理士・弁護士などの専門家(最も確実)
■ 手続き
- 「相続税の納税管理人届出書」を相続人の住所地(または被相続人の最終住所地)の税務署に提出
- 申告期限(死亡翌日から10ヶ月以内)までに選任・届出を完了させる
納税管理人を選任しないまま申告期限を過ぎると、無申告加算税(原則15%)・延滞税が課されます。アメリカから直接手続きするのは困難であるため、早めに日本国内の専門家に相談することをお勧めします。
プロビタス税理士法人では、海外在住の相続人の納税管理人を受任しています。英語でのコミュニケーションも可能です。
4. 印鑑証明の代わりに「サイン証明」、住民票の代わりに「在留証明」
遺産分割協議書には相続人全員の印鑑証明書を添付する必要がありますが、海外在住の相続人は日本の印鑑証明書を取得できません。代わりに「サイン証明(署名証明)」を取得します。
■ 取得方法(アメリカの場合)
- 在米日本大使館・総領事館に出向いて手続き
- アメリカ国内の公証人(Notary Public)に依頼して公証してもらう方法も可能と聞いています
■ 在留証明
不動産を相続する場合の相続登記では住民票(または住所証明書)が必要です。アメリカ在住の場合は在外公館で「在留証明」を取得します。サイン証明と同時に申請するとスムーズです。
5. 上場株式の相続:非居住者には実務的なハードルがある
相続財産に上場株式が含まれている場合、非居住者ならではの実務的な困難があります。
■ 通常の上場株式相続の流れ
上場株式の相続では、①被相続人の証券口座がある証券会社に連絡 →②相続人が同じ(または別の)証券会社に口座を開設 →③株式を相続人の口座に移管、という流れで進みます。
■ 非居住者が直面する問題
多くの日本の証券会社は、非居住者(日本国外在住者)に対して証券口座の新規開設を断っています。アメリカ在住の相続人が株式を受け継ぐための口座を作れない、というケースが実務上よく発生します。
証券会社の対応は各社で異なります。非居住者でも口座維持が可能な会社(野村証券・SBI証券など)では、既存口座への移管が可能な場合があります。事前に証券会社に確認することを強くお勧めします。
6. アメリカ側の手続き:Probateと連邦遺産税
日本の相続手続きに加えて、アメリカ側での手続きが必要になる場合があります。これは日本国内にある財産だけを相続する場合でも、相続人がアメリカに居住しているという事実から発生する義務があります。
■ プロベート(Probate)手続き
アメリカでは、被相続人がアメリカ国内に財産を持っていた場合(不動産・銀行口座・株式など)、Probate(遺産検認)手続きが必要になることがあります。プロベートとは、遺産の管理・清算・分配を裁判所の監督のもとで行う手続きです。
■ アメリカ連邦遺産税(Estate Tax)
アメリカにも相続税(遺産税:Estate Tax)があります。ただし、被相続人の居住地・国籍によって控除額が大きく異なります。
| アメリカ市民・居住者の場合 → 基礎控除:1,399万ドル(約20億円・2025年)→ 一般的な日本人家庭では課税されないケースが多い 日本在住の被相続人がアメリカに財産を持つ場合(非居住者) → 原則の控除額:6万ドル(約960万円)しかない → ただし日米租税条約の適用を受ければ、全世界財産に占める米国資産の割合で按分した控除が使える |
■ Form 3520(アメリカ在住の相続人に必要になる場合)
アメリカ在住の相続人(グリーンカード保持者・米国市民等)は、外国(日本)からの相続・贈与が年間10万ドルを超えた場合、IRSに「Form 3520」を提出する義務があります。
プロビタス税理士法人では、アメリカ側のForm 3520対応・連邦遺産税の申告要否については、提携する知り合いのUS CPAをご紹介できます。日本側の相続税申告とアメリカ側の申告を並行して進めることが重要です。
7. 被相続人が出国税の猶予を受けていた場合
被相続人(亡くなった方)が海外出国時に出国税(国外転出時課税)の「納税猶予の特例」を受けていた場合、相続が発生した時点で特別な処理が必要になります。
- 原則:被相続人の死亡により、猶予されていた出国税を相続人が納付する義務を引き継ぐ
- ただし、相続人が引き続き猶予の特例を継続できる場合もある
- 相続税申告と同時に、出国税の猶予継続の手続きが必要なケースがある
| ▶ 出国税(国外転出時課税)の詳細はこちら → https://probitas.jp/international-inheritance/souzokuexittax/ (相続と出国税の関係について詳しく解説しています) |
8. 手続きの全体フローと優先順位
多くの手続きが異なる期限で並行して進むため、優先順位を把握することが重要です。
| 優先度 | 手続き | 期限 | 担当・窓口 |
| ★★★ | 納税管理人の選任届出を税務署に提出 | 相続税申告期限(10ヶ月)までに (できるだけ早く) | 相続人→日本国内の税理士・親族 |
| ★★★ | 相続税申告書の提出・納税 | 死亡翌日から10ヶ月以内 | 納税管理人(税理士) |
| ★★★ | 遺産分割協議書の作成 +サイン証明(署名証明)の取得 | 相続税申告前に | 相続人→在米日本大使館・領事館 またはアメリカ国内公証人 |
| ★★ | 在留証明の取得 (住民票の代わり) | 必要書類収集時 | 相続人→在米日本大使館・領事館 |
| ★★ | 不動産の相続登記 | 3年以内(2024年4月〜義務化) | 司法書士 |
| ★★ | 金融機関(銀行・証券)の名義変更 | できるだけ早く | 各金融機関 |
| ★ | アメリカ側の手続き要否の確認 (Probate・連邦遺産税申告) | 死亡から9ヶ月以内 (遺産税申告期限) | 現地弁護士・US CPA |
| ★ | 出国税の納税猶予の取り扱い確認 (被相続人が猶予を受けていた場合) | 相続税申告と同時に検討 | 税理士 |
★★★:最優先で対応 ★★:10ヶ月以内に対応 ★:確認・対応(専門家に委ねることも可)
9. 主な必要書類一覧
| 書類 | 目的・内容 | 取得先 |
| サイン証明(署名証明) 形式1(貼付型) | 遺産分割協議書の印鑑証明代替 (不動産登記に必要) | 在米日本大使館・領事館 またはアメリカ公証人 |
| サイン証明(署名証明) 形式2(単独型) | 印鑑証明書の代替 (金融機関手続き等) | 在米日本大使館・領事館 |
| 在留証明 | 住民票の代替 (不動産登記・相続税申告等) | 在米日本大使館・領事館 |
| パスポートコピー | 本人確認書類 | 本人 |
| 遺産分割協議書 | 相続人全員で合意した内容の文書 | 相続人全員(作成) |
| 納税管理人届出書 | 税務署への非居住者の代理人届出 | 税務署(書式あり) |
| 相続税申告書 (付表含む) | 日本の相続税の申告書類 | 税理士が作成 |
| Form 3520 (10万ドル超の場合) | 外国からの相続・贈与のIRS申告書 (アメリカ在住の相続人が必要な場合) | IRS・US CPAに確認 |
書類の取得先・必要部数は各機関によって異なります。事前に確認してください。
10. よくあるご質問
Q:アメリカにいながら日本の相続手続きをすることはできますか?
A:ほとんどの手続きは日本国内の代理人(弁護士・税理士・司法書士)に委ねることができます。相続税申告については納税管理人の選任が必要です。実際の手続きはほぼすべて代理人が行いますので、ご本人はサイン証明の取得と署名・書類の確認などが主な対応となります。
Q:サイン証明(署名証明)はどこで取得できますか? 取得に時間はかかりますか?
A:在米日本大使館・総領事館で取得できます。事前予約が必要な場合が多く、予約から数週間かかることもあります。形式1(貼付型)は遺産分割協議書が完成してから持参する必要があるため、特に時間の余裕を持って動いてください。アメリカ国内の公証人(Notary Public)でも手続きを代替できる場合があります。
Q:アメリカ側でForm 3520を提出する必要があるか確認したいのですが、誰に聞けばよいですか?
A:アメリカのForm 3520を含む米国側の税務申告は、US CPA(米国公認会計士)または国際税務を専門とするアメリカの税理士にご相談ください。プロビタス税理士法人では日本側の相続税申告を担当しつつ、アメリカ側の申告については信頼できるUS CPAをご紹介することが可能です。
Q:上場株式を相続したいのですが、アメリカ在住で証券口座が作れない場合はどうすればよいですか?
A:最も現実的なのは、被相続人の証券口座から株式を売却して現金で受け取ることです。日本に在住する他の相続人の口座に移管する方法や、帰国後に口座を開設して移管する方法もあります。証券会社ごとに非居住者への対応が異なりますので、事前に確認してください。
Q:相続税の申告期限(10ヶ月)に間に合わない場合はどうなりますか?
A:申告期限を過ぎると、無申告加算税(原則15%)と延滞税が課されます。アメリカ在住という事情は期限延長の理由にはなりません。早めに日本の税理士に相談し、納税管理人の選任・申告準備を進めることが重要です。
11. プロビタス税理士法人にご相談ください
アメリカ赴任中の相続は、日本の相続手続きとアメリカ側の申告義務が重なる複雑な案件です。特に以下の対応が可能です。
- 海外在住の相続人の納税管理人の受任
- 相続税申告書の作成(非居住者対応)
- サイン証明の取得方法・タイミングのアドバイス
- 上場株式の相続における実務的な対応策の検討
- アメリカ側のForm 3520・連邦遺産税申告についての US CPAのご紹介
- 日英両語でのコミュニケーション
| 初回のご相談は無料です 英語対応可 | ビデオ会議・Slack・メール | メール24時間受付 ▶ お問い合わせ:https://probitas.jp/web/contact-2/ |
本記事は2026年4月時点の情報に基づいています。税制・手続きは改正される場合がありますので、最新情報は専門家にご確認ください。
アメリカ側の税務(連邦遺産税・Form 3520等)はUS CPAの専門領域です。日本側の相続税と並行してご確認ください。
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