はじめに
税制適格ストックオプションについては、令和6年(2024年)税制改正において、付与対象者となる社外高度人材の要件緩和、そして年間の権利行使価格の限度額が従来1200万が最大で3600万に引き上げられるなど、利便性の向上が図られるようになりました。また信託型ストックオプションの問題により、令和5年(2023年)において国税庁からQ&Aが公開されました。税制適格ストックオプションの権利行使価格に関する要件のおける付与契約時の「1株当たりの価格」について、原則として所得税基本通達23-35共-9の例によって算定されることとされました。今まで不透明で会った株価算定のルールが明確化されたイメージです。
所得税基本通達23-35共-9の例によって算定されるのは原則的な方式と考えます。
原則方式の場合、売買実例のある株価に該当すると、類似会社の株式の価格に批准する方法や純資産価格等を斟酌して算定することはできませんでした。
ただ特例方式が認められるようになりました。非上場会社であれば、売買実例の有無に関わらず、特例処理が認められるようになりました。
特例処理によって、純資産価格であっても時価として認められるようになりました。以下は「特例処理」と言います。
2023年以前は取引相場のない株式の1株当たりの価格の算定について、実務上はDCF法を用いて権利行使価格を高めに設定していたケースが多かったではないでしょうか?
では2024年以降は、特例処理に基づいた株価算定を行って、行使価格を決定するべきでしょうか?
また特例処理の場合、債務超過であれば、または債務超過でなかったとしても、VCなどに対して残余財産分配優先権を与えているときには、ストックオプションは1円で発行することができます。では1円で発行するべきなんでしょうか?
1円で発行するメリット4つ
(その1)社員のインセンティブ強化
- 行使価格が低いため、社員にとって実質的なリスクが低く、利益を得やすい。
- 会社の成長や株価上昇に直接的なインセンティブを持たせることができる。
(その2)採用の強化
- ストックオプションが魅力的な報酬パッケージとなり、優秀な人材を引き付けやすい。
(その3)コストの抑制
- 初期段階での現金報酬を抑えることができるため、キャッシュフローの節約につながる。
(その4)株価算定の手間の削減
何よりも株価評価しなくても良いというところにありそうです。株価算定にはそれなりの費用が掛かります。くわえて、事業計画書の策定など、それなりの手間がかかります。できれば株価算定しなくても良いのであれば、したくないというのは理解できます。
我々が考える1円発行するデメリット7つ
(その1)投資家とのコンフリクト
ストックオプションの行使価格というのは、その会社のその時の時価であるべきです。もしその時の時価が1円だとしてしまった場合、その後の追加の出資を受ける際にも、その出資者は1円で出資したいと思うのは当然のことです。ストックオプションの行使価格の算定は純資産方式で、追加の出資の際にはDCF法を採用するというのは、投資家の利益を得ることは難しいと考えます。行使価格があまりに低い場合、投資家や市場から「企業の株価が将来的に低迷する可能性が高い」と見られるリスクがあります。
(その2)上場審査の問題
上場審査において、その会社の株価がいくらになるかは大きな問題です。その株価が数年前において1円であったという事実は、上場審査において問題になるかもしれません。
(その3)株式分割をする場合の問題
上場する際には株価が1株1000円以下であることが求められることが多いです。1株1000円以下にするために、上場前に株式分割することが良くあります。行使価格が1円のストックオプションの取り扱いはどうなるのでしょうか?行使価格が小数点以下のストックオプションを証券会社が受け入れてくれるのでしょうか?不透明な部分はあるかもしれません。
(追記)弊社のお客様経由で証券会社に確認したところ、小数点以下は切上げになります、とのことでした。ただ証券会社によって取り扱いが違うかもしれませんので、事前にご確認ください。
(その4)適格要件の担保
税制適格ストックオプションの要件を満たすために大事なことの一つが、発行時の契約条件を変更しないということがあります。もし変更するのであれば税制適格要件を満たさなくなるという理解です。もし発行時の契約要件を変更しなければならない事態が生じた場合には、税制非適格になるか、もしくは破棄して再発行するかの2択になると考えます。
(その5)株式の希薄化
大量のストックオプションが行使されると、既存株主の持ち株比率が希薄化し、株式価値が低下する可能性があります。資本政策が難しくなります。
(その6)低い行使価格は経営者にとってメリットがあるか?
我々の顧問先でIPOを果たしたところがあります。IPOの前にストックオプションを発行していましたが、その行使価格はとても高かったです。IPO後に株価が低迷しているため、多くの従業員がまだストックオプションを行使できていません。ストックオプションを行使するために、いまだに会社に残って、株価を上げるために頑張っています。
株価が低迷しているのは残念ですが、しかしながら、これこそがストックオプションを発行する経営者のメリットではないでしょうか?株価を上げるために、従業員と経営者が同じ方向を向かって頑張る、結果として従業員が長く働く、ということです。それこそがストックオプションを発行する経営者のメリットだと考えます。
仮に行使価格が1円だったらどうでしょうか?IPOしてストックオプションを行使できるようになったタイミングで、SOを行使して、すぐに辞めてしまうかもしれませんね。行使価格が低すぎると、従業員がすぐに利益を確定させてしまい、長期的な成長へのコミットメントが薄れる可能性があります。
(その7)低い行使価格を発行した後の2回目のストックオプション
仮に特例処理によって、低い価格でストックオプションを発行したとします。その後に2回目にストックオプションを発行するとします。その場合に、2回目のストックオプションは高い行使価格を採用することはできるでしょうか?
それはできないでしょう。
ベンチャー企業というのは一般的に、あとから入った従業員が不公平感を感じがちです。しかし後から入った従業員の方が優秀であることが多いです。後から入った従業員のモチベーションの維持がとても大事です。
昔からいる従業員に対して、特例処理で低い行使価格でストックオプションを発行し、あとから入った従業員に対して、原則処理で高い行使価格でストックオプションを発行するというのは、不公平感を増大することになると考えます。したがって、いちど特例処理でストックオプションを発行してしまったら、その後に原則処理で高い行使価格でSOを発行するという選択はできないだろうと考えます。
最後に
従業員のことを考えれば、低い行使価格でストックオプションを発行してあげたいという気持ちはわかります。
しかし資本政策は後からやり直しがききません。
高い行使価格でストックオプションを発行して、もし問題があれば後から低い行使価格でストックオプションを発行するというのはできるかもしれませんが、その逆はリスクが大きすぎると考えます。
確かに国税庁QAによって、税制適格ストックオプションにおける時価の考え方が明らかになりました。ただ国税庁は1円の行使価格のストックオプション発行を推奨しているわけではありません。
なるべく高い行使価格でSOを発行すべきというのが我々の考えです。